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jan3rdmix:

おもち?

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おもち?

あまたあるメンタル系のサイトを見ていると、どうみても境界例的心性の持ち主なのに、自分を境界例とは書いておらず、「うつ病」と自己規定しているサイトオーナーがけっこういることに気づく。これはなぜだろう。
 もちろん、自分が「境界例」にあてはまることを知らない人もいるだろうけれど、そうじゃなく、故意に「境界例」と書くのを避けているんじゃないか、と思われる例もあったりする。たとえば、自らもリストカットの経験があるロブ@大月というライターが『リストカット・シンドローム』(ワニブックス)という本を書いているが、この本に紹介されている人たちは私から見ると境界例以外の何者でもないにも関わらず、この本には「境界例」という文字は一ヶ所も出てこない。実は、当事者の間では「境界例」という診断は、いたって評判が悪いのである。
境界例の人ってのは、「私のことを本当によく知れば、誰も私を愛したり、私と親しくなりたいとは思わないだろう」という信念を持っている。だから、ナマの自分をさらすのは、彼らにとっては非常に難しいことなのだけれど、ウェブでは事情が違ってくる。「コムニタス」という用語と、インターネットが一種の「コムニタス」と考えられることについては、前の項で書きましたね。インターネットというのは、肩書きも素性も知られることがなく、安心してナマの自分をさらすことができる空間なのである。彼らにとってインターネットとは、現実世界で常に感じている「見捨てられる不安」に怯えなくてもいい空間なのかもしれない。
 ホームページや掲示板では、参加者はもともときわめてゆるいつながりしかなく、誰もが名前のない他者にすぎない。だからこそ、そこでは「本当の自分」をさらけ出しても、見捨てられる心配はない(一対一のメールだと、いきなりさらけ出したら返事が来なくなる心配があるが)。だから、彼らは日記や写真で「本当の自分」を公開するのだろう(もちろん、それが本当に「本当の自分」なのかどうか、そもそも「本当の自分」なんてものがあるのかどうかはまた別の問題である)。

“60%の提案で共謀者をつける”
この斬新な戦略に衝撃を受けた
クライアントに企画を持ちかける際、普通は時間をかけて100%の状態で提案するものなのだが、
あえて60%の段階で持っていく事でクライアントを主観者として導き
こちらが持っていない情報やアイデアを引き出し、いつの間にかお互いがマーケットにしかける共謀者として走り出していく。

今の時代に音楽を聴く人は
音楽を娯楽や趣味ではなく
薬だと思っている人の方が多くて
その効き目を強く求めている時代なんだ
ということではないかなと思います

聴き手が傷心や挫折や失恋や失望や
そういう普段の暮らしで生じた困難に
よりよく「効く」薬を求めている
ということではないかと思うのです

でも音楽にお医者さんはいないから
誰かが症状に応じた適切な処方箋を
出してくれる訳ではないので
自分で「薬」を探さなければいけない

そうなったとき、どうせお金を払うなら
より強い薬を、効く薬を、となるのが
人の心理というもので、それゆえに
「会いたい」とか「一歩踏み出そう」とか
「自分を信じて」とか「勇気を」とか

もはや表現における劇薬というか
とにかく率直で単刀直入でわかりやすくて
身も蓋も侘び寂びもほとんどない
直接的な歌詞が重宝されるように
なってくるのではとすこし思ったのです

音楽はいつの間にか
くさかんむりがついて
音薬になってしまいました
ということなのではないかと
惰訳:
ダライ・ラマが人間性について最も驚いたことは何かと問われたときの答え。
「人。金のために健康を犠牲にし、健康を取り戻すために金を犠牲にし、未来が心配なあまり現在を満喫できない。結果的に人生は今日にも明日にもなかったようなもの。死がないかの如く生き、生がなかったの如く死ぬのだから」
「とにかく頑張れ」は間違いで、「頑張らなくていいよ」も間違いで、
「こうやって動け。この工程が終わったら休め」が正解なのだと思う。動作を全部スクリプトとして伝えられて、はじめて動きかたは身につくし、それを「発見
しろ」と言い放つ人は、そもそも教えられないことのほうが多い

――学校で銃乱射事件があったり、自爆テロがあったりすると、必ず「犯人はマリリン・マンソンのファンだった」という記事が新聞の見出しを躍りますが……。

「銃乱射事件の犯人が俺のファンクラブを作ったとしたら、相当な会員数になるだろうな(苦笑)。でも『CDを聴いて銃を乱射した』なんて、人間の思考回路はそんな単純なものではないよ。まあ、単純だからこそ銃乱射なんてやったのかも知れないけどな。銃乱射犯たちの問題は、自分がそんな単純なバカではないということをわかってくれる家族や友人が周囲にいなかったことだと俺は考えている。俺自身はどんなレコードを聴いたって、高校に殴り込んだりしない。誰かを射殺したくなったら、軍隊に入るよ。海外で殺し放題だしね。アメリカ国内だと『鹿狩り中、暴発してしまった』と言い訳しなくてはならないから大変だ」

販売価格2万9800円のスーツの例で説明しますと、一般論ですがお店の仕入れ原価(生地代)は12~13%で約3600円、人件費が35%程で約1万430円、残りがテナント料・光熱・広告宣伝費が約1万2665円で、1着の利益がだいたい3105円程と考えられます。
 2着目を仮に半額の1万4900円で売った場合、仕入れ値は変わりませんから3600円程。しかし、2着目は同じ人に売るので、接客もせずにすみ、人件費や広告費などの経費はゼロ。つまり、残りの1万1300円がまるまる利益になります。
 紳士服の販売は、対面でつきっきりの接客になるので、小売業の中でも非常に人件費がかかります。しかし、同じ人に2着目を売ることができれば人件費や広告宣伝費などの“追加コスト”がかかりませんので、“2着目は半額”という設定ができるわけです。“2着目は1000円”というのもこれと同じ仕組みです。
あるとき学生さんに僕の業務を紹介することがあって、僕はインフラでサーバを作ったり監視したり、画像配信やったりチューニングしたりしてるよという説明をしたら、こういう質問が来た。クックパッドのサービス開発がクリエイティブだということはわかった、でもインフラはそれを運用するという立場で、そこにクリエイティビティはあるのか。すごいことを質問するんだなと思った。 どんな仕事にもクリエイティビティはある。僕は学生時代に長いこと掃除のバイトをしていろんな人と働いたけど、創造的な発想ができない人にはまともな掃除はできなかった。 クックパッドのインフラはサービスを開発しさえしないけど、非常にクリエイティブな仕事だ。サービスは常に進化し続けるしユーザも増え続ける。そんな状況を支えるインフラとして、やるべきこと、やりたいことが山のようにある。パフォーマンスだけでなく、他にも解決したい問題がいくつもあって、どれも一筋縄ではいかないものばかりだ。クリエイティブでないとその一つも解決することはできないだろう。
人脈や人の縁っていうのは、自分が持っている価値に応じて、自然と生まれるものだ。才能のある人には変人が多いけど、それは変人でも許されるくらい才能があるってことでしかない。友達を作るより、友達のできる自分でいるために、何ができるかを考えるほうがよっぽどましだ。
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2010-04-08

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5.社会に出れば、傷つくこともある。挫折することもある。そんな とき、どう立ち上がり、ふたたび歩いていけばよいのか。そんな経験をさせておくことのほうが、よほど教育的だと思うのだ。絶対的に存在する“違い”に布を おおいかぶせ、「みんな平等だよ」とうそぶくことが教育だとは、僕は思わない。
rurinacci:

【3次元】柴犬画像貼ってくわ カナ速